2007年12月アーカイブ
八戸市立市民病院 1年目研修医 軽米 寿之 (平成19年3月新潟大学卒)
研修医になって早や8ヶ月がたとうとしています。と、言うよりむしろまだ8ヶ月という感じです。医学部を卒業して、「これから医師として頑張ろう」と意気込んでこの八戸市立市民病院にやってきたわけですが、実際の医師の仕事というのは大学で学んだことだけでは足りないことだらけで、知らないことを調べたり上級の先生に相談したりしてどうにかこうにか仕事している、そんな毎日です。
私は元々八戸市で生まれ、八戸市で育ちました。それだけの理由でこの病院での研修を選んだわけではないのですが、実際に働いてみて新たに思うことが一つあります。「地元の人達のために頑張る」という気持ちです。働き始める以前は「たくさん経験を積んでいい研修がしたい。立派な医師になりたい」という気持ちだけで研修病院を考えていました。しかし働き始めたばかりの自分にはできないこと、分からない事が沢山あって、モチベーションを保てなくなりそうになるときもよくあります。そんなときに「自分が育った町に暮らす人のためだ、頑張ろう」と思うと最後の一頑張りをする気力が湧いてきます。私もそこまで出来た人間ではないので、常日頃そんなことを考えている訳ではないのですが、「どうしてもダメだ」と思うとき、本当にこの言葉が背中を押してくれることがあります。医師を目指す人に限らず、「自分を育ててくれた場所、モノ、人」のために頑張れるというのは素晴らしいことだと思います。自分はまだまだ未熟者で、人の役に立てているかと思うと正直自信はありませんがいつか胸を張ってそう思えるように日々努力していきたいと思います。
八戸市立市民病院 2年目研修医 赤坂明日香 (平成17年3月秋田大卒)
こんにちは。八戸市立市民病院で研修を始めて2年目になります、赤坂といいます。
私は研修医としては最も気になるだろう、当直業務についてお話しようと思います。
当院では1年目の8月から当直の先生のもと、副当直として夜間・休日の急患室研修が始まります。そして2年目になった4月から、いよいよ本当直に入ります。(どちらも月に4回程度)。基本的には研修医が外科当直・内科当直・副当直を努め、指導当直や救急当直の先生の指導のもと急患室での診療を行うことになります。
当院では、重症軽症の区別なく患者さんを受け入れています。救急患者の輪番日ともなると待合室に患者さんやご家族があふれ、救急車受入要請の電話もひっきりなしに鳴り・・・というドラマさながらの光景が繰り広げられます。重症患者さんの初療にあたるということで救急医療の研修として充実しているのはもちろんですが、入院患者さんの受け持ちとなることが多い研修医にとっては外来を経験できる大事な機会でもあります。
それでも、私は当直の日には『今日も頑張ろう』という気になります。急患室を訪れる患者さんは本当に様々ですが、夜でも休日でも開いているこの病院を頼りにしていらっしゃいます。そういった方々の力になることは、医師を目指した皆さんが何度となく夢見ている自分の姿なのではないでしょうか。
皆さんは、毎戸配布されました「県民だより2007年12月号」はご覧になりましたでしょうか。
1面表紙は、弘前大学医学部の皆さんの笑顔がとても素敵な写真、そして実際「青森県の地域医療」についてお伺いしたことが掲載されております。弘前大学の皆さん、取材へのご協力どうもありがとうございました。
それから、2面の「『良医』を育む」は、県のグランドデザインの医師を目指す段階から医師になるまで、なってからの施策を一部紹介しております。
まだ読まれていない方は、こちらをクリックしてみてください。(県民だより12月号のページへジャンプします。)
「mission impossible2」
八戸市立市民病院救命救急センター兼臨床研修センター 所長 今 明秀
何のために医師になるのだろう。命を救うため、喜ばれるため、世の中に貢献したいから、いろいろありそうだ。目の前に瀕死状態になっている患者を診て、それを救えないのなら、それは、医師の力不足か、患者が重症すぎるかだ。
前回「三陸沖400kmへ出動せよ」の続きである。
私と看護師の乗った救難ヘリは20時30分に離陸した。22時に現場海域に到着したが船舶は見つからず、漆黒の太平洋の上、通報された位置も不正確であったことから、残り燃料を気にしながら約45分間空から探し続けた。船舶発見後、ヘリは船舶上空に停止し、レスキュー隊員1名がヘリからロープ降下し、患者と接触した。ヘリ内の隊長から「訓練じゃないんだ、早くしろ。帰りの燃料はカツカツだ」無線でレスキュー隊に指令が飛んだ。23時2分、患者は全脊柱固定されホイストでヘリに収容された。レスキュー隊員を引き上げるのと同時に、ヘリはドアを開けたまま、急旋回し現場を離脱した。あっという間に、船の明かりは小さくなった。私はその間ヘリ内で、いつもよりきつくシートベルトを締めていただけだったが、へりの開いたドアから見えた真っ暗な空と海と潮の匂い、揺れる漁船の最高出力と思われた集魚灯、全員ヘルメット姿だが、その動きにまったく統制が取れていない数十人の乗り組員は十分に、私が、日本から400kmの太平洋上にいることを意識させた。
患者は、気道開通、腹式呼吸30回、血圧85/29mmHg、脈拍69、見当識障害、第5頚髄以下の運動麻痺と両上肢の知覚過敏を認めた。100%酸素投与で酸素飽和度93%であった。ショック、呼吸不全、頚髄損傷に対して、全脊柱固定と急速輸液、酸素投与で飛行を続けた。限られた酸素を節約しながら投与したが、酸素流量が大きいため、残量はぐんぐん減っていった。途中で酸素切れが予想されたので、そのときの対処法を、ヘリ内のスタッフ全員で確認しておいた。午前1時5分、隊員の緊急携帯用酸素ボンベを使用し補助換気を行いながら当センターのライトで照らされていたヘリポートへ着陸した。若い救急医が酸素ボンベを小脇に抱えて近づいてくるのが見えた。速やかに救命救急センターに入室し、頸髄損傷の集中治療が開始された。
若い医師の間で、「救急」に最近人気が出てきたのは、役立つ医療と、感動する医療が同居するからだろう。映画のようなエキサイティングな場面は少ないけれども、出くわせば確実にシーンの中にいられる。 [Mission impossible]を一緒にやらないか。
平成19年12月17日(月)、三村知事は、弘前大学医学部医学科5年生等を対象に講演を行いました。
今回は、知事が日頃から熱い思いを抱いている①「保健・医療・福祉包括ケアシステム」のこと、そして、そのシステムを進めていく上での大きな課題である医師不足を打開するために策定した②医育環境整備など3つの戦略から成る「医師確保のためのグランドデザイン」のことについてお話いたしました。
講演の最後に、知事は、「医療は医師を始めとする医療現場の方々の献身的な努力によって支えられてきましたが、果たして地域はそれに応えてきたのか反省すべき点があります。
青森県は、医師1人1人が満足した人生を送れるよう、医師の方々のキャリアをデザインする地域へ変貌します。是非青森でキャリアを積んで欲しい。」と医学生にメッセージを送りました。
八戸市立市民病院 2年目研修医 田中 佳人(平成18年3月山形大学卒)
研修医になってもうすぐ2年。最近、強く思うのは「医師という職業は人間を相手にする仕事だ」ということです。そんなこと言われなくても……と思う人、ゴメンナサイ。でも、そうなんです。医師である前に一人の人間として患者様と向き合う、そういう仕事です。だから、人が好きでなければ難しい仕事だと思うし、人との付き合いを大切にしない人には務まらない仕事だと思います。
「mission impossible」
八戸市立市民病院救命救急センター兼臨床研修センター 所長 今 明秀
何のために医師になるのだろう。命を救うため、喜ばれるため、世の中に貢献したいから、いろいろありそうだ。目の前に瀕死状態になっている患者を診て、それを救えないのなら、それは医師の力不足か、患者が重症すぎるかだ。
若い医師が救急研修を行う大きな目的は、ERで軽症から重症までそつなく見ることができるようになること。重症患者を受け持ち、手技や知識を身につけること。最重症の患者を鮮やかに救う場面に遭遇することと、私は思っている。
ERの診療が上手になってくると、救急医療は、病院前から始まっていることに気づく。救急隊の処置や、交通事故の受傷機転にも目が注がれる。さらに、自ら救急車に乗って、現場に出動したくなる。
ここ八戸市立市民病院 救命救急センターでは、消防の救急車に、医師が同乗する実習を行っている。翌日の勤務に影響が出ないように、17時から23時に実習時間を限定している。119番通報直後に患者の自宅に救急隊員と一緒に出動したり、交通事故現場に出動するのである。
病院前救護は陸上だけではない。海の町、八戸では時々海難事故が起こる。太平洋上に出動することは、都市部では経験できない。夏のエキサイティングな経験をお話しよう。
出動要請はお盆で、救急室がごった返している夕方に突然来た。ミッションは「三陸沖約400kmの洋上の船舶内にショックで呼吸困難の患者がいる。八戸海上自衛隊救難ヘリコプターに同乗し、夜の太平洋に出動してくれ。」40歳代男性。12時頃、三陸沖漁場で操業中の漁船にて冷凍されたカツオが十数匹落下し頭部に当たり卒倒した。呼吸苦を訴え、顔色が不良となったので船舶無線で救助要請。海上保安庁は、八戸海上自衛隊と当センターへ出動依頼をした。その時点で、私はトムクルーズになりきっていた。
この続きは来週に。
初めまして。研修医1年目のあたり まいこです。
私が医師になってもう半年以上過ぎました。でも、まだ半年かぁ・・・と思うことの方が多いです。
いつも決まって聞かれることが1つあります。「なぜ鹿児島から八戸に来たの?」
・・・そう。私は鹿児島生まれ鹿児島育ち。くわしく言うと生まれたのは奄美大島の側にある小さな島、喜界島です。
この病院で働いてみて毎日が勉強です。勉強足りないなぁと思うことばかりです。自分は情けないなぁとか悔しいなぁと思うことばかりです。
でも、それ以上に毎日が楽しいし、充実しています。自分ができることを見つけて、いろんなことをさせてもらえて。たまにはたくさんの仲間達と愚痴って、最後には馬鹿笑いして・・・。運良く3連休もらった日には貯めていたお金で東京でドカンとお買い物して・・・。
八戸に来ることで何度も喧嘩した両親が最近いつも言います。「八戸にやって良かった」と。
マイペースに自分の思うままに、これからも初心を忘れずに頑張りすぎず輝いていきたいです。
八戸市立市民病院1年目研修医 遠藤知秀(平成19年3月 岩手医科大学卒)
研修医として働きだして半年以上経ちました。まだ医師としては未熟で解らないことも多く上級医の先生方に迷惑をかけることが多いです。寝る暇もなく病院のベッドで寝ることもしばしばです。毎日大変で仕事量も多く忙しいですが、幸い八戸市立市民病院は研修医が多く、仕事の悩み・相談など気軽に話せる友人が多いことで頑張れていると思います。上級医の先生方もやさしく指導してくださるので、やる気も上がってきます。大変な職業だと今まで思ってきましたが、環境によってはすごくやりがいのある仕事だと思います。皆さんも是非、医師を目指して頑張ってください。
八戸市立市民病院救命救急センター兼臨床研修センター所長
今 明秀 (昭和58年3月 自治医科大学卒)
「新しい日本型救急医療の研修」
日本の医療水準は世界一流であると言われている。しかしその中で、救急医療は逆に立ち遅れが著しい。片手間に救急外来当直をしてそれが救急医療のすべてと思い込んできた歴史があるからだ。得意な重症救急患者は担当するけれど、専門以外になると、それは誰か診てくれるはずだと無関心を装ってきたからだ。
4年前より、私は救急発展途上の青森県で救命救急センターを運営している。同時に、臨床研修制度がスタートした。研修医に対する救命救急研修の2ヶ月間の内容を述べる。
【救急研修内容】
ER型救急だけでは達成感が低い。集中治療室での重症患者治療を入れることで、それが充足できる。さらに中等症の内科救急患者も受け持ち救急総合診療を行っている。
週2回の日中ER当番を、シニアと一緒に受け持つ。患者数は多くないので、じっくりと診る。夜間ER当直は月4回。1年目は当直でなく副直にして仕事ではなく学ぶことに重点を置いている。
多発外傷、重症外傷を受け持つ。瀕死の状態から、救命に導く、感動を体験してもらう。
先輩医師と一緒に消防救急車に乗り込み、実際の救急現場や、患者自宅に出動する。救急現場から診療を開始する。また、患者が病院に運ばれる時の病院の対応を救急隊の目で体験する。
【人形を使った訓練】
大規模講習会を年6回開催している。院内だけでなく県内あるいは全国から受講生を募集している。
【きつい、きたない、きけんではない】
月一回は確実に連休を取れる。ランチはみんなで摂る。
【まとめ】
達成感のある救急研修を提供している。ハートの暖かい医師を養成する。
いのちと向き合う仕事
八戸市立市民病院 高橋健介
(研修医2年目 H18.3弘前大学卒)
医師になって
2年目が過ぎようとしている。2年目にもなると入院患者を受け持ち、方針を決め治療にあたることが要求されてくる。決して楽な仕事ではないし、責任の重い仕事ではあるが、それなりにやりがいもある。今回は、最近心動かされた、受け持ち患者さんの事を紹介したい。消化器内科に入院中の肝硬変・肝癌の末期のおばあさんの担当となった。肝臓が悪いためお腹に水がたまり、パンパンに張って、呼吸も苦しそうだ。もうすでに治療法はなく、死を待つのみだが、家族・本人は少しでも家に帰りたいと考えていた。だがお腹に水が溜まり呼吸状態も悪くてはなかなか帰ることが出来ずにいた。よい家がらの出なのかもしれない。いつも丁寧な言葉遣いで、スタッフに対して「ありがとうございます」と感謝の念を忘れない方だった。「私は足腰は丈夫なほうでね、山歩きなんかもするんですよ」
おしっこを出す薬を使い、お腹の水は少しずつ減っていったように見えた。「調子はいかがですか?」「ええ、いいような気がします」そんな会話を毎日繰り返し、このおばあさんはきっと元気になって家に帰れるだろうと思った。
しかし、事態は急変した。もともとあった不整脈が悪化し、一日のうちで心拍数が140近くになることが多くなった。「少し胸がドキドキするんです。」そう言っているうちはまだ良かった。通常、心拍数は平常時で90以下である事が多い。120を越えると動悸として感じ、150を越えるとうまく全身に血が回らなくなる事がある。翌朝会いに行った時には元気がなかった。日中も寝ている事が多かった。その深夜12時、病棟から電話が来た。「先生、○○さんの血圧が50台まで低下しています」。もともと血圧は低めだったが、こんなにすぐに急変するとは思っていなかった。39度の熱があり、意識もうろうとした状態だった。体の中にバイ菌が入り込んで悪さをしていると考えられた。真夜中だったが、ご家族を呼んで非常に状態が悪い事を知らせた。急いで駆けつけてきた家族はただただ泣いていた。
だが、3日間生死の境をさまよった後、このおばあさんは奇跡的にまた意識を取り戻したのだ。それは非常に不思議でならなかったが、何とかして家に帰りたいという希望が最後の命の炎を燃やしつづけているような気がしてならなかった。
夏が過ぎ、秋の気配が漂ってきた。病室から見える山の木々もうっすらと色づき始めている。「今日は調子はいかがですか?」いつものように訪室する。「今日は少し調子がいいんですよ。」窓の外には秋晴れの真っ青な空が広がっていた。「天気のいい日は調子がいいですよね」「ええ、私は山歩きが好きなんですよ。山菜取りやらきのこ取りやら。」「今なら、きのこが沢山取れますよ。」急に僕は、このおばあさんに秋の山を見せたくなった。真っ赤に色づいた十和田湖や奥入瀬の紅葉が見れたらどんなにいいだろう。何とかして、外に出られるようになってほしい。その日から理学療法士の方にお願いして、ベッドサイドでのリハビリを始めてもらった。せめて車椅子に乗れるようになるまで、そうお願いした。日に日におばあさんは良くなって行くようだった。肝硬変のため顔色は黄色だったが、肌に生気が戻ってきたような気がした。訪室するたびに「少し元気になったね。もう少しで家に帰れるかもしれないね」と励ますのが日課になった。おばあさんは家に帰るという希望によって命を保っていた。
しかし、リハビリを開始して1週間後、おばあさんは突然口から血を吐いて急変し、還らぬ人となった。色づいた里山の木々の葉が落ち始めた頃だった。「最後まで本当にありがとうございました」という家族の言葉になぜか胸がぎゅっと痛んだ。
* * *
現在日本で亡くなる人のおよそ8割は病院で亡くなるという。病院で働くという事はそういう現実を受け止め、そうした不安と付き合っていくことでもある。
死は誰にでも必ず訪れるものだが、普段の生活の中で我々はそれを考えないようにして生きていることが多い。それが、一たび病気になって死を身近に感じるようになった時、怒りや悲しみや恐れやあせりや後悔といった、様々な感情にとらわれ、不安に陥る。入院患者さんの殆どが不安にとらわれて過ごしている。
しかし死が誰にでも訪れるのであれば、その人の幸せというのは、どのように死んだかではなく、どのように生きてきたか、ということなのではないだろうか。
数年前アメリカの有名な科学雑誌に「希望」が人間の寿命やQOL(生活の質)を高めるという論文が掲載されて、一時期話題となった。
僕が受け持ちになったおばあさんは結局、最期に大好きな山の風景を見る事は出来なかったが、最期の最期まで希望を持ち続けていられたことはきっと幸せだったのではないだろうか。
死と隣り合わせの医療現場。今回は助からなかったいのちを紹介したが、もちろん元気になって還っていくいのちもある。元気に退院する患者さんの晴れやかな顔は希望に満ちている。
決して楽な仕事ではないが、そこに来る人たちに希望を与えることができる仕事だと思えば、これほどやりがいのある仕事はないかもしれない。
講演会のお知らせです。
県では米国屈指の医療機関であるクリーブランドクリニック医師による講演会を12月10日(月)に開催します。
まだ若干席に余裕がございますので、医師・臨床研修医・医学生・高校生など興味のある方は是非おいで下さい。(事前申込が必要です。)
1 開催日時:平成19年12月10日(月) 午後6時から8時まで
2 開催場所:ホテル青森 3階「孔雀の間」
※入場は無料で、講演会は同時通訳付きとなっております。
講演会に参加ご希望の方は、iryo@pref.aomori.lg.jp 又は017-734-9288 まで●ご氏名、●ご住所 ●お電話番号を明記の上、お申し込み下さい。
詳細はこちらをクリック
【クリーブランドクリニックについて】
クリーブランドクリニックは、アメリカ・オハイオ州クリーブランド市に本拠地を置き、研究と教育を基に臨床と医療ケアを統合させた医療機関です。
また、クリーブランドクリニックの医師数は、研究者を含めて、約1,700名であり、看護師等医療従事者を含めると、約27,000名とアメリカの医療機関でも最大規模の医療機関でもあります。
クリーブランドクリニックは、心臓疾患系の治療に関しては、毎年、アメリカで実施しているランキングで2007年までの10年連続全米1位を獲得している医療機関です。
