臨床研修医からのメッセージ1(八戸市立市民病院)

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いのちと向き合う仕事

八戸市立市民病院 高橋健介       

 (研修医2年目 H18.3弘前大学卒)

 

医師になって2年目が過ぎようとしている。2年目にもなると入院患者を受け持ち、方針を決め治療にあたることが要求されてくる。決して楽な仕事ではないし、責任の重い仕事ではあるが、それなりにやりがいもある。今回は、最近心動かされた、受け持ち患者さんの事を紹介したい。

消化器内科に入院中の肝硬変・肝癌の末期のおばあさんの担当となった。肝臓が悪いためお腹に水がたまり、パンパンに張って、呼吸も苦しそうだ。もうすでに治療法はなく、死を待つのみだが、家族・本人は少しでも家に帰りたいと考えていた。だがお腹に水が溜まり呼吸状態も悪くてはなかなか帰ることが出来ずにいた。よい家がらの出なのかもしれない。いつも丁寧な言葉遣いで、スタッフに対して「ありがとうございます」と感謝の念を忘れない方だった。「私は足腰は丈夫なほうでね、山歩きなんかもするんですよ」

おしっこを出す薬を使い、お腹の水は少しずつ減っていったように見えた。「調子はいかがですか?」「ええ、いいような気がします」そんな会話を毎日繰り返し、このおばあさんはきっと元気になって家に帰れるだろうと思った。

しかし、事態は急変した。もともとあった不整脈が悪化し、一日のうちで心拍数が140近くになることが多くなった。「少し胸がドキドキするんです。」そう言っているうちはまだ良かった。通常、心拍数は平常時で90以下である事が多い。120を越えると動悸として感じ、150を越えるとうまく全身に血が回らなくなる事がある。翌朝会いに行った時には元気がなかった。日中も寝ている事が多かった。その深夜12時、病棟から電話が来た。「先生、○○さんの血圧が50台まで低下しています」。もともと血圧は低めだったが、こんなにすぐに急変するとは思っていなかった。39度の熱があり、意識もうろうとした状態だった。体の中にバイ菌が入り込んで悪さをしていると考えられた。真夜中だったが、ご家族を呼んで非常に状態が悪い事を知らせた。急いで駆けつけてきた家族はただただ泣いていた。

だが、3日間生死の境をさまよった後、このおばあさんは奇跡的にまた意識を取り戻したのだ。それは非常に不思議でならなかったが、何とかして家に帰りたいという希望が最後の命の炎を燃やしつづけているような気がしてならなかった。

夏が過ぎ、秋の気配が漂ってきた。病室から見える山の木々もうっすらと色づき始めている。「今日は調子はいかがですか?」いつものように訪室する。「今日は少し調子がいいんですよ。」窓の外には秋晴れの真っ青な空が広がっていた。「天気のいい日は調子がいいですよね」「ええ、私は山歩きが好きなんですよ。山菜取りやらきのこ取りやら。」「今なら、きのこが沢山取れますよ。」急に僕は、このおばあさんに秋の山を見せたくなった。真っ赤に色づいた十和田湖や奥入瀬の紅葉が見れたらどんなにいいだろう。何とかして、外に出られるようになってほしい。その日から理学療法士の方にお願いして、ベッドサイドでのリハビリを始めてもらった。せめて車椅子に乗れるようになるまで、そうお願いした。日に日におばあさんは良くなって行くようだった。肝硬変のため顔色は黄色だったが、肌に生気が戻ってきたような気がした。訪室するたびに「少し元気になったね。もう少しで家に帰れるかもしれないね」と励ますのが日課になった。おばあさんは家に帰るという希望によって命を保っていた。

しかし、リハビリを開始して1週間後、おばあさんは突然口から血を吐いて急変し、還らぬ人となった。色づいた里山の木々の葉が落ち始めた頃だった。「最後まで本当にありがとうございました」という家族の言葉になぜか胸がぎゅっと痛んだ。

*    *    *

現在日本で亡くなる人のおよそ8割は病院で亡くなるという。病院で働くという事はそういう現実を受け止め、そうした不安と付き合っていくことでもある。

死は誰にでも必ず訪れるものだが、普段の生活の中で我々はそれを考えないようにして生きていることが多い。それが、一たび病気になって死を身近に感じるようになった時、怒りや悲しみや恐れやあせりや後悔といった、様々な感情にとらわれ、不安に陥る。入院患者さんの殆どが不安にとらわれて過ごしている。

しかし死が誰にでも訪れるのであれば、その人の幸せというのは、どのように死んだかではなく、どのように生きてきたか、ということなのではないだろうか。

数年前アメリカの有名な科学雑誌に「希望」が人間の寿命やQOL(生活の質)を高めるという論文が掲載されて、一時期話題となった。

僕が受け持ちになったおばあさんは結局、最期に大好きな山の風景を見る事は出来なかったが、最期の最期まで希望を持ち続けていられたことはきっと幸せだったのではないだろうか。

死と隣り合わせの医療現場。今回は助からなかったいのちを紹介したが、もちろん元気になって還っていくいのちもある。元気に退院する患者さんの晴れやかな顔は希望に満ちている。

決して楽な仕事ではないが、そこに来る人たちに希望を与えることができる仕事だと思えば、これほどやりがいのある仕事はないかもしれない。

 

このブログ記事について

このページは、未来のドクター応援隊が2007年12月 7日 16:44に書いたブログ記事です。

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