2008年1月アーカイブ
八戸市立市民病院(平成19年3月 弘前大学卒)
私は青森県出身で、大学も県内だったため、県内の臨床研修病院の中からこの病院を選びました。
選んだ理由の中で一番大きかったのは、研修医の人数が多いということでした。研修医が多いため職場は活気があり、また何か分からないことなど生じてもすぐ上の研修医に相談しやすい環境にあります。また各科でも研修医の対応に慣れているため、上級医や看護師から適切な指示やサポートを受けることができます。
日々の診療は結構ハードであるため、忙しい科をローテートしている期間には日々の業務をこなすので精一杯で、自分のための勉強にまで手が回らないこともあります。
しかし、その分やらせてもらえる手技も多く、上級医からの直接指導の元で実際にやって覚えることが可能な環境にあります。
まだ勉強中の身で分からないことが多く、またいろんな患者さんがいて大変なことは多々あります。しかしどんな仕事でも初めは辛いものだと割り切って、将来目標とする医師像に向かい自分が選んだ仕事を信じて日々を過ごしています。
平成20年1月4日から3日間にわたる夢実現チャレンジプラン冬期実力養成セミナーは、県内の医学科を希望する高校2年生49名を対象に実施されました。
田村充治県教育長が開講式において「少年時代の理想主義こそ、何ものにも替えがたい財産である。」(アルベルト・シュバイツアー)の言葉で幕を開けた今回のセミナーですが、セミナーに向かう生徒の真剣な眼差しからは、まさに医師への道を歩み出すことに対する志の萌芽を読み取ることができました。
「自分の勉強の足りなさがはっきりとわかった。これからは、今回学んだことをいかして勉強に励みたい。」
といった率直な感想や、
「このセミナーで得たものは何といっても学問の楽しさではないでしょうか。学問 が楽しいということがわかれば勉強も苦にならないからです。『本質』という感じのようなものをある程度つかめた」
という感想が特に印象に残っています。
3日間という限られた時間でしたが、志を同じくする者が一堂に会することによって、経験できたことも数多くあったのではないでしょうか。ささいなことですが、授業中のメモのとり方、テキストの予習の書き込み、食事の場面や何気ない会話から伝わってくる言葉の端々など、座席が毎日ローテーションされたことも効果的だったかもしれません。
生徒諸君は勉強漬けでハードな日程をこなしながらも、アンケートには次のような言葉が並んでいます。
「なぜ医師を目指したいのかという理由をもっと深く考えなければならないと感じた。」
「前提の学力の部分はもちろんそうだが、医学へ向かう姿勢、心構えが大切だということがわかった」
医師の道を貫くために、自分の考えを深く掘り下げることが更に必要であるとう感想を抱いており、受験やその先にある医師としての職業観を見据え、これから始まる自分との葛藤を視野に入れた言葉だという点で大変意味深いと思います。

「何故このようなセミナーが開催されるか、どれだけの人々がこの事業のために働いて下さっているかがわかった」というねぎらいの言葉がありました。このような言葉に出会う度に、生徒の皆さんの礼節の奥ゆかしさと各校の先生方が毎日の教育活動の中で心を育てながら指導にあたられている姿が彷彿されます。特に今回のセミナーの実施にあたって年始の休みを返上して引率を引き受けていただいた各校の先生方の御協力には、心より感謝します。 「病気で苦しんでいる人々の、希望の蕾に生きる喜びの光をあてる」という言葉で閉会したセミナーでしたが、今回参加した生徒の皆さんの一人一人の心に、青森県から発信する良医への理想の火を灯す3日間だったと信じています。
健闘を祈ります。 (教育庁県立学校課)
八戸市立市民病院2年目研修医 橋本 千明 (平成18年3月弘前大学卒)
研修生活も、2年目がもうすぐ終わろうとしています。
夜中に急患室や病棟からの呼び出しがあり、病院に泊まることも日々しばしば…。忙しいけれど、退院する日に「ありがとう」と声をかけていただいたり、当直をしているときに以前受け持った患者さんがいらっしゃって「先生が当直で良かった!」と言って下さったときには、「この仕事をしていて良かった!」と実感します。たくさんの方と触れ合うことができる素敵な仕事です。今まで出会ったたくさんの患者さんのおかげで、私は少しずつ成長することができたのではないかと思います。これからも感謝の気持ちを忘れず、頑張っていきたいと思います。
平成20年度1月4日(金)から平成20年1月22日(火:午後5時必着)までは、平成20年度自治医科大学医学部入学試験の出願期間となっております。
第1次試験は入学志願者の出身高等学校の所在する都道府県(高校卒業及び卒業見込みの方を除く高等学校卒業程度認定試験に合格した方は住所地の所在する都道府県)にて行います。青森県内高校出身の方は第1次試験を青森市内で実施することとなります。
詳細については、試験のページに掲載しておりますので、こちらをクリックしてください。
「外傷外科医は僻地からスタート」
八戸市立市民病院救命救急センター兼臨床研修センター 所長 今 明秀
大怪我したら、どの病院で手術をするのがいいのか誰も知らない。癌の手術や、脳卒中なら、あそこの病院がいいらしい。あっちはよしたほうがいい。うわさは飛び交う。仮に、大怪我の治療にふさわしい病院があらかじめ分かっていても、交通事故現場から遠ければ、そこまでは行き着けない。大怪我の場合、患者は病院を選べない。
私は、自治医大を卒業した後、故郷の青森県で初期研修を受け、僻地勤務の後で外科研修を行った。同年代の外科医に比べて、僻地勤務のハンディキャップのため癌の手術件数は見劣りした。しかし、年齢を重ねるとともに、難しい手術もできるようになった。このまま外科の指導医となり、後輩の手術の前立ちをして医師人生の下り坂に向かうのかに思われた。当時のニュースでは国松警察庁長官がオーム心理教に銃撃され、大動脈、腎臓、腸管を貫通していたのに、助かったことが報道されていた。自分の目の前に、国松長官が運ばれてきたら助けられるのか(ありえないことだ。救急隊がわざわざ私の小さな病院を選定するとは思えない。でも当時はそう思った)。癌の患者は、小さな病院で手術しなくても遠くの大学病院で手術すればいい(地元で手術を受けられる幸せは知っている)。しかし、瀕死の外傷患者は、遠くの大学病院まで運べない。39歳で安泰に思えた田舎の外科医人生をやめて、まったく知らなかった外傷外科の修練をする道に入った。
では、私のような外傷外科医をこれからどうやって養成するのか。答えは出ない。なぜなら私は、僻地・外科・外傷外科と無計画に修練してきただけで、これを見習えとは言えない。でも、ここで大きな声で言ってみたい。救急医学会がひっくり返るかもしれない。「僻地で数年。まずこれから始めなさい。そうすれば大病院の、どのタイプの医者が悪いかがよくわかる。それがわかれば、そうならないようにするだけでいいスタートができる。外傷外科のスタートは僻地から」
八戸市立市民病院 2年目研修医 清水 俊洋(平成18年3月東北大学卒)
八戸市立市民病院にはたくさんの研修医が働いています。将来選択する科にあわせて当院には何種類か研修プログラムがあります。私は内科コースで研修をしています。ですが、将来内科を専門にしたいと決めていたわけではなく、広い視野をもって決めていきたいと思いこのコースを選びました。実際にはどのコースも2年目までは特に違いがあるわけではありません。
今まで様々な科でお世話になりましたが、非常に多くの経験をさせて頂きました。他の病院の研修内容は良く分かりませんが、いま振り返ってみて、私はこの病院を選んで結果として良かったと思っています。
