外傷外科医はへき地からスタート(八戸市立市民病院 今明秀)
「外傷外科医は僻地からスタート」
八戸市立市民病院救命救急センター兼臨床研修センター 所長 今 明秀
大怪我したら、どの病院で手術をするのがいいのか誰も知らない。癌の手術や、脳卒中なら、あそこの病院がいいらしい。あっちはよしたほうがいい。うわさは飛び交う。仮に、大怪我の治療にふさわしい病院があらかじめ分かっていても、交通事故現場から遠ければ、そこまでは行き着けない。大怪我の場合、患者は病院を選べない。
私は、自治医大を卒業した後、故郷の青森県で初期研修を受け、僻地勤務の後で外科研修を行った。同年代の外科医に比べて、僻地勤務のハンディキャップのため癌の手術件数は見劣りした。しかし、年齢を重ねるとともに、難しい手術もできるようになった。このまま外科の指導医となり、後輩の手術の前立ちをして医師人生の下り坂に向かうのかに思われた。当時のニュースでは国松警察庁長官がオーム心理教に銃撃され、大動脈、腎臓、腸管を貫通していたのに、助かったことが報道されていた。自分の目の前に、国松長官が運ばれてきたら助けられるのか(ありえないことだ。救急隊がわざわざ私の小さな病院を選定するとは思えない。でも当時はそう思った)。癌の患者は、小さな病院で手術しなくても遠くの大学病院で手術すればいい(地元で手術を受けられる幸せは知っている)。しかし、瀕死の外傷患者は、遠くの大学病院まで運べない。39歳で安泰に思えた田舎の外科医人生をやめて、まったく知らなかった外傷外科の修練をする道に入った。
では、私のような外傷外科医をこれからどうやって養成するのか。答えは出ない。なぜなら私は、僻地・外科・外傷外科と無計画に修練してきただけで、これを見習えとは言えない。でも、ここで大きな声で言ってみたい。救急医学会がひっくり返るかもしれない。「僻地で数年。まずこれから始めなさい。そうすれば大病院の、どのタイプの医者が悪いかがよくわかる。それがわかれば、そうならないようにするだけでいいスタートができる。外傷外科のスタートは僻地から」
